2025.12.11
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生成AIの発達について弁護士として思うこと

投稿者:池内優太
戦うAI

最近、Youtubeを見ていると、頻繁に目にするのがGoogle Geminiのあの広告。

「ねえジェミニ。友達の誕生日をお祝いする動画つくりたい」

とか言って、さらっと手の込んだ(風に見える)動画ができていくやつです。

あれを見るたびに、えもいわれぬ不快感というか薄気味悪さを感じるのは、私が前時代的な人間だからだろう、と思っていました。

ところがここに来て、私が感じていた不気味さの根源は違うところにあったのだと気づきました。

その根源は、どうやら「作るのが大変そうなもの」「手の込んでいるように見えるもの」が「実際には簡単にできてしまう」というギャップにあったようなのです。


これって実は法廷闘争においても大問題です。

裁判というのはご存じのとおり証拠によって勝敗が決まります。

そして、証拠というのは、例えば陳述書のように書こうと思えばどんな内容でも書けてしまうものに対しては評価(証明力)が低く、官公庁発行の証明書のように偽物を作るのが大変なものに対しては評価(証明力)が高いのです。

だから、陳述書でいろいろ積極的に立証しようとするような事件はそもそも負け筋であり、逆に、いわゆる「動かぬ証拠」がある事件は勝ち筋といわれます。


ここで冒頭の話に戻ります。

生成AIの発達によって、今まで偽造が難しく「動かぬ証拠」とされていたものが、そうではなくなってきました。

わかりやすいもので言えばドライブレコーダーがあります。

交差点に進入した2人の裁判、どちらも「自分の対面信号が青だった」と主張しているとします。

このとき、相手の対面信号が赤であることを写したドラレコがあれば、今までであればほぼこちらの主張が通っていたはずです(逆に、相手が、こちらの対面信号が赤色であることを写したドラレコを持っていれば、ほぼ負けといえます。)。

ですが、この信号機の色など、AIで編集することで簡単に変えられてしまうおそれがあるのです。

今までは、よもやそんなことが簡単にできるとは思われていなかったので、映像や写真等の証拠はかなり有力なものでした。

しかし、そうともいえなくなってきた以上、近い将来には「AIで編集されているかどうか」をチェックするシステムが必要になる、それを通していない証拠の証明力をどう考えるかという議論が本格的に始まるのでしょう。

今のうちから、そうしたAI編集の有無を確認するツールを探しておきたいと思う今日この頃です。


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