心神喪失
ときどき、刑事事件で弁護側が「心神喪失により無罪を主張」したというニュースを見ます。
このようなニュースに対して世間の声は概ね厳しいものです。
①「頭のおかしい人がやったことが罪に問われないのはおかしい」
②「こんな主張をする弁護士は、自分の家族が殺された時も同じ主張をするのか」
③「この弁護士も処罰された方が良い」
④「こんな主張をして通ってしまったら、遺族の気持ちはどこに向ければいいのか」
※すべて、私が最近のニュースに関して実際に見たコメントです。
まあ、ね。わかりますよ。
私も中学生のころ、光市母子殺害事件での弁護団の主張に怒りを覚えた1人です。
なんやねんドラえもんて、ふざけんな。と思ったものです。
ただ、「心神喪失者の行為は罰しない」こと自体は法律に明記されているんです(刑法39条1項)。
「この法律がおかしい」ということなら、弁護士に怒りを向けるのは間違っています。 弁護士(刑事弁護人)は、法律の範囲内で、被告人の主張とか、処罰されない理由として考えられるものをきっちり裁判所に伝えなければいけないわけです。
雑な言い方をすると、処罰すべき理由を検察官が、処罰すべきでない(軽減すべき)理由を弁護人が、それぞれ主張した上で、裁判所が結論を出すのがこの国の司法制度です。
だから、考えられる主張をちゃんとしなければ、弁護人はその職責を全うしていないと評価されてしまいます。
弁護人が仕事をさぼっていると、無実の人がバンバン処罰されたり、法律が予定している以上に重い処罰になったりするかもしれません。
その点、弁護人がガチで仕事をして、それでも重い処罰になれば、それは間違いなく「本来あるべき重罰」ということができます。
その意味では、弁護人が「検察官の逆サイドからの主張」をしっかりしてこそ、その被告人を処罰することが正当化されるといえます。
たぶん、弁護士を責める方々は、2つの勘違いをしているのかなと思います。
一つは、「弁護人の主張は弁護士個人の意見を述べたものだ」という勘違いですね。
少なくとも私は、被告人の弁解について「この人なに言ってるん?そんなわけないやろ・・・」と思いながら主張を展開したことなんて何度もありますよ。
もちろん、事前に接見して「この主張は証拠ともかみ合わないし、なかなか無理があると思うよ」とか、「あなたの言い分を裏付ける痕跡がないから、通らない可能性が高いよ。それでもこの主張をしますか?」というふうに被告人の主張をそのまま法廷で展開するのか十分に意思確認をします。 それでも、「それが私の主張なのだ」と言われたら、弁護人はそれを裁判官に届けなければいけません。
法廷で述べられる弁護人の主張の背景にはこういう流れがある(場合が多い)ので、弁護人の主張=その弁護士個人の意見ではない(場合が多い)ことを知っていただきたいです。
もう一つは、「弁護人は成果報酬や売名を目的に被告人の無茶な主張を押し通そうとしている」という勘違いです。
これに関しては、私がそういう意識で弁護活動をしたことがないだけで、もしかしたらそういう目的の弁護士もいるのかもしれません。
ただ、弁護士目線で普通に考えたらまったく割に合いません。
成果報酬といっても、重大事件となると裁判が終わるまでそれにかかりっきりになって他の事件にほとんど手が回らないでしょうし、国選事件の場合には正直申し上げて報酬水準は決して高くないです。
たとえ0.1%以下と言われる無罪判決を獲得しても、です。
そして何より、心神喪失など現実の裁判で認められるケースはごくごく稀です。
名前を売るという目的で心神喪失認定に向けて多大な労力を投じるくらいなら、他の事件に時間を割いた方が圧倒的に高効率です(収入的な側面だけで言えばですよ。) 。
心神喪失の主張は、あくまで、弁護人がその事件や被疑者(被告人)を観察して、これは心神喪失の可能性が排除できない、精神鑑定によるチェックが必要だと考えた場合にするものです。
報酬や売名目当てですることなど、まず無いと考えて良いです。 これはぜひ世の皆さまに知っていただきたい。
ここで、冒頭の①~④のコメントに対して、現役の弁護士からレスポンスをしてみます。
※いずれも池内個人の意見です。
①「頭のおかしい人がやったことが罪に問われないのはおかしい」
→人々がイメージする「頭のおかしい人」がやったことの大半はそのまま罪に問われますのでご安心ください。心神喪失という極端な例外に該当する場合のみ刑罰を受けませんが、それはあくまで病気で行動制御ができないから事を起こしたのであって、<必要なのは処罰ではなく治療である>という考え方にも一理はあると思います。
②「こんな主張をする弁護士は、自分の家族が殺された時も同じ主張をするのか」
→するわけないです。あくまでその被告人の弁護をする立場での主張です。
する人もいるのかもしれませんが、私はできません。むしろどうにかしてその相手を(以下、自粛)。
③「この弁護士も処罰された方が良い」
→六法に書いてあるものを主張しなかったらそれこそ職務怠慢で懲戒対象です。法律が気に入らないなら国会議員になるか、同じ志を持つ候補者に投票するなどして法改正に向けて動いてください。
④「こんな主張をして通ってしまったら、遺族の気持ちはどこに向ければいいのか」
→通ったということは、その主張をしなければ法律で無罪になるべき人を有罪にするところだったということです。遺族のお気持ちは到底計り知れませんが、それは弁護人がすべき主張とは別次元の問題です。
結局、この問題って【心神喪失者の行為を罰しない】という法律そのものに納得できないという感情から始まっているのだと思います。
であれば、その法律を適用すべきだと主張する弁護士を責めるのではなく、その法律を改正するという議員を国会に送り込んで法改正に向けて活動すべきなんです。
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